不動産屋、はじめての3月31日
昭和の熱風と令和のDXが交差する狂騒曲
不動産会社として産声を上げ、がむしゃらに走り続けた第1期。
カレンダーが3月の最終週を指したとき、私は少し感傷に浸っていました。「ああ、これでようやく1期目終了か。よく頑張ったな、自分……」なんて、香り高いコーヒーを飲む準備をしていました。
しかし、現実は映画のような感動のフィナーレではありませんでした。そこにあったのは、「数字という名の神様」に翻弄される、泥臭くも愛おしい営業担当たちの全力疾走。弊社が初めて迎えた「年度末」という名の嵐をレポートします。
忍び寄る「決算」の足音と、とってつけたような理由たち
「嵐の前の静けさ」とはよく言ったものですが、予兆は1週間ほど前から始まっていました。
普段は冷静沈着、理路整然と話をされる取引先のベテラン担当者様から、「そろそろあの件、契約しませんか?」という打診が、まるでお祭りの囃子(はやし)のように相次ぎ始めたのです。
そして2、3日前になると、その勢いは「お願い」から「必死の口実」へと変貌を遂げます。
「実は別の方面からも申し込みが殺到してまして、とりあえず頭金だけでも!」
「オーナー様がなぜか、今日、この瞬間に猛烈に急いでいらっしゃって……(理由は不明)」
まさに「鹿を追う者は山を見ず」(目先の利益に夢中な者は、周りの状況が見えなくなること)。
目の前の契約という「鹿」を仕留めるために、こちら側の都合や論理的な整合性は二の次、三の次です。古事にある通り、利益を急ぐあまり周囲が見えなくなっている必死さが、メールの文面や電話の声色からも伝わってきます。
さらに驚いたのが、前日の30日です。
不動産業界といえば、いまだに分厚い契約書、重厚な実印、そして対面主義が根強い「アナログの最後の牙城」。そんな業界の住人であるはずの彼らが、突然こう叫んだのです。
「電子契約でお願いします! 今すぐURL送ります!」
普段は「やっぱり契約は紙の重みがないとねぇ」なんて言っているベテラン営業マンが、1分1秒を惜しむあまり、一晩で最先端のDX(デジタルトランスフォーメーション)の旗手へと急成長を遂げていたのです。その変わり身の早さ、まさに脱兎(だっと)のごとし。背に腹は代えられないとは、まさにこのことでしょう。
3月31日、机に額を擦りつける「全国ランキング」の魔力
そして迎えた運命の当日、31日。
事務所のドアが開くたびに、ピリついた緊張感が走ります。なんと、この忙しい日にアポなしの「飛び込み営業」まで現れました。
最初は「最近どうですか?」なんて当たり障りのない世間話をしていたはずの営業マン。しかし、会話が途切れた瞬間、彼は突然「ガバッ!」と机に額を擦りつけるほどの勢いで頭を下げたのです。
差し出されたのは、サブスクリプションサービスの契約書。
「今日、この契約が取れれば……私は全国ランキングで15位以内に入れるんです!!」
その瞬間、彼の背後に、かつて昭和のオフィスでよく見かけた「手書きの営業グラフ」が透けて見えた気がしました。
赤いマジックでグングン伸びる棒グラフ。目標達成なら天国、未達なら……という、あのヒリヒリした世界。令和のこの時代に、これほどまでの「気合と根性」を目の当たりにするとは思いませんでした。
もちろん、サブスクとはいえ会社の固定費に関わるものです。小一時間で判を押せるような軽い内容ではありません。しかし、彼は決して「ダメもと」で来ているのではないのです。その目は、「背水の陣」を敷いた兵士そのもの。
「今日」という締め切りが、一人の人間をここまで突き動かし、プライドを脱ぎ捨てさせる。そのエネルギーに、私は圧倒されるばかりでした。
数字が物語る「3月31日」という特異点
なぜ、実力のある不動産営業たちがここまで必死になるのか。
データを見れば、この狂騒曲の正体がはっきりと浮かび上がります。
総務省の統計や不動産流通機構(レインズ)のデータを見ると、例年、3月の住宅着工戸数や既存住宅の成約件数は、他の月を圧倒するグラフを描きます。日本企業の多くが3月決算を採用しているため、この1ヶ月の数字が、会社の1年、あるいは個人の1年間の査定をすべて決定づけてしまうからです。
不動産業界において、3月は単なる「カレンダーの1枚」ではありません。
それは、1年間の苦労を数字という形に変えて証明する、いわば「営業成績という名の神様」に全てを捧げる「聖なる月」なのかもしれません。
1期目を終えて感じたこと
初めての期末を終えた3月31日の深夜。
ようやく静寂が戻った事務所でコーヒーを飲みながら思うのは、この「泥臭さ」こそが業界を動かす巨大なエネルギーなのだ、ということです。
効率化、AI活用、IT化。
たしかにスマートな仕組みは大切です。でも、最後の最後、人の心を動かすのは、あの営業マンが見せた「机に頭を擦りつけるほどの熱意」だったりするのかもしれません。
弊社もおかげさまで、無事に第1期を完走することができました。
2期目は、あの熱血営業マンたちに負けない情熱を持ちつつも、お客様にはどこまでも冷静に、そして誠実に寄り添ったご提案ができるよう精進してまいります。
嵐のような3月が過ぎていきます。開業1期目の期末日という2度とない1日を、一緒に駆け抜けた取引先の皆さまに感謝しつつ、パソコンを閉じることにします。
皆さまの新しい年度が、希望に満ちた素晴らしいものになりますように!